ダルシーのにっき: 思い出を売る男

2011年9月13日火曜日

思い出を売る男

※この記事は冒頭に「思い出を売る男」のストーリーが書かれています。 
※しかも、記事自体かなり長文です(笑)






「思い出を賈ります。 美しい音楽によみがえる幸福な夢。 君よ、思い出に生き給え。 思い出は狩の角笛・・・」

 


終戦間もない東京の、とある街の薄暗い裏通り。
古ぼけたサクソフォンを吹きながら、一人の男が売るものは「思い出」。


そこに一人の少女がやってきます。

「おじさん、どこから来たの?何を売っているの?」 

「遠いところさ。おじさんは思い出を売っているんだよ」 

「ふーん。いくら?」 

「100円さ。」 

「高い!私の花は1束80円よ。」

「君の花束は80円でも3日もすれば枯れてしまう。でも、思い出は枯れることはないんだ。ずーっと残るんだよ。」


私にも売ってほしいとせがむ少女に、男は言います。

「君には売れないんだ。思い出がないからね。でもあと10年待ってごらん。君には素敵な思い出ができているから。」 

無邪気に未来を楽しみにする少女。
そんな少女を見送り、男はサクソフォンを奏でます。


その音色に引き寄せられるように、街の女がやってきます。

戦争で出兵し消息不明になった愛する人、生き別れになった我が子、そして被災し亡くなった家族・・・何もかも失い、生きることにも疲れ、「私は醜い」と自分を卑下する女に唯一残されたのは、かつて愛する人が奏で、ともに歌った歌。

「私が歌うと、彼が伴奏してくれるの。彼はサクソフォン奏者だったのよ。」 

男がサクソフォンで「巴里の屋根の下」を奏でると、街の女は愛する人との幸福な思い出をよみがえらせるのでした。

「今の君は醜い。でも、こんなに素敵な思い出がある。それだけが君を支える唯一の生き甲斐なんだ・・・妙な気起こすんじゃないぜ、きっとまた来るんだぜ」 と街の女を見送る男。


男の立つ裏通りに静寂が戻ったのも束の間。
今度は派手で目立つ格好をした広告屋が、太鼓を打ち鳴らしながらやってきます。

広告屋は、ここで商売するのなら、界隈を仕切っている黒マスクのジョオに仁義を通すよう忠告します。

「なぁに、あんたの売る物でも渡して挨拶すりゃあ、それで終わりさ」と広告屋は言いますが、男には売る「物」がありません。

思い出したい思い出など何一つないと言い、生い立ちや今の生活を話す広告屋に、男は言います。

「君のような人には思い出は要らないのかもしれない。羨ましいよ、君のような人生も」 

人生なんて人それぞれだと言いながら、広告屋は、売る「物」のない男に代わって自分がジョオに話を通してやる、と約束し去っていきます。


そこへ今度は鼻歌交じりでG.Iがやってきます。

英語で問われ、返答に戸惑いつつも片言で会話する男。
G.Iが男に曲をリクエストしますが、男にはその曲が分かりません。
そこで、リクエストした曲「金髪のジェニー」を歌ってみせるG.I。

彼に合わせて男がサクソフォンを奏でると、路地の壁には母国に残してきた恋人ジェニーの思い出が現れます。

「元気かい?ジェニー」
「ええ、私は大丈夫。あなたこそ、大丈夫なの?」

壁に恋人の面影を感じ、会話を交わす二人。

恋人との思い出のひと時を心に感じ、G.Iは男に倍以上の代金を払います。

「こんなに受け取れません!」 と叫ぶ男。
「いいんだ。ありがとう。ずっと忘れない。」 振り向かずにそういい残し、G.Iは去っていきます。

金髪のジェニーを奏でていた男を、じっと見つめる乞食。
男が自分の視線に気づいたと悟った乞食は、「明るいやつを頼む」とリクエストします。

「いいさ。でもあんた、金は払えるのかい?」 と聞く男に、乞食が見せたのは驚くほどの札束。

「随分金持ちなんだなぁ。思い出を買う前に、身なりを整えなよ」 という男に、乞食は「ばか言っちゃいけないよ。ぴしっとした乞食なんかいるか。そんなことしたら商売あがったりだ。」 と陽気に答えるのでした。

乞食もかつて、乞食稼業から足をあらって、愛する人のために職につき、人並みの生活を送りましたが、そんなつつましい暮らしも妻の死と共に終わり、「身入りよりも高い税金払うなんざ、ばかばかしい。妻は国に殺されたようなもんだ」と、乞食稼業に舞い戻ったのでした。

「気が滅入るから、妻との思い出は思い出したくない」 という乞食に、男は「自由を我らに」を奏でるのでした。

そうこうしているうちにあたりが騒々しくなり、警察が一人の男の行方を追って街を走り回ります。 どうやら黒マスクのジョオが人を殺してしまった様子。
警察はジョオの行方を追っていたのでした。

「こんな所にいたら巻き添えくらうぞ。あんたも逃げよう」 という乞食を一人逃がし、その場に残る男。
そこへ逃げてくるジョオ。

警察をやり過ごすために、ジョオは上着とサクソフォンを貸せと男を脅します。

「仁義を通すつもりだったならおとなしく貸しな」 というジョオに、素直に従う男。

ジョオはさらに、「俺が吹くからお前は歌え」 と要求します。

その時ジョオが吹いた曲、それは・・・


- 巴里の屋根の下- 


戦争で大国に行っていた過去をもつジョオ、そして1つも間違いなくサクソフォンを奏でるジョオ。 奏でた曲名・・・

男はジョオこそ、街の女が愛した男だと悟ります。

戦争に行く前のことを尋ねる男に、ジョオは言います。

「戦争で大陸に行ったが、気がついたら病院ベッドの上だった。医者にも言われたよ、俺は記憶を無くしちまったんだと。」 


近づいてくる警察の気配。
ジョオを逃がし、男が「巴里の屋根の下」を奏でると、壁にはジョオの思い出が映し出されます。


生き別れた幼い娘と再会する街の女。二人をしっかりと抱きしめるジョオ。
響く銃声・・・凶弾に倒れるジョオ。

End 



思い出を売る男は、大正から昭和初期を生きた劇作家、加藤道夫さんの作品です。
当時、慶応高校(今の慶応大学)で英語教師をしていた加藤氏は、若い学生たちにフランス演劇の素晴らしさを説き、自分の手で演劇運動を起こすよう説きました。
そして自らも戯曲「なよたけ」で水上滝太郎賞を受賞し、進劇作家として世に出ます。

これを上演する劇団四季との関係も深く、「劇団四季」の名づけ親であると共に、当時、加藤氏の言葉に共鳴した学生の一人が、現在の劇団四季代表、浅利氏でした。
俳優では、今回のキャストで乞食を演じた日下氏もまたこの一人。

ですが、劇団四季の旗揚げ公演直前に、加藤氏は自ら命を絶ちました。 享年32歳という若さでした。

思い出を売る男のオープニングは、日下氏によってこういった劇団四季と加藤氏の歴史の説明から始まります。
現実的な背景から公演へもっていく進行は、観客からすると「劇中に入り込む」という意味では違和感を覚えなくもないのですが、劇団が捧げる加藤氏へのオマージュ、そして加藤氏の意思を未来へ繋げていくという信念の深さを感じました。
戦後間もない薄暗い時代。誰しもが、まだ先が見えずに暗中模索している時代背景ですが、内容は穏やかで、優しく、そして切ない作品です。

この作品では、当時の時代背景などが暗に説明されるような部分は一切ありません。
作品が完成したのが終戦6年後の事ですから、それは当たり前の事なのですが・・・
でも、現在戦後60年余りが過ぎ、そろそろ前段が無いと理解出来ない世代が観劇の中心層を占めています。

私ももちろん(?)リアルタイムで生きた世代ではありませんが、この記事にはその「前段」の部分を少し記載しておこうと思います。

これから将来、私よりももっともっと若い世代がこの作品を観たときに、意味が通じない・感じることの出来ない時代になっていないことを願って。



時代背景と登場人物の時代的背景について

1945年、戦争が終わると日本はGHQ(連合国最高司令官総司令部)による占領が行なわれました。これが解かれるのが1952年。 この7年間を「戦後の混乱期」と言ったりもします。

この頃は、街中焼け野原で、人々の暮らしも配給に頼らざるを得ない状況だったのですが、配給だけでは生活できず、非合法な商売が横行するようになります。-いわゆる「闇市」というものの誕生です。

GHQによって出された指示によってこの闇市は排除され、別の姿に変貌します。-これが今の「繁華街」の原点となります。

GHQによって出された指令の中に、「公娼制度」の廃止があります。
公娼制度とは、江戸時代から続いていた制度で、簡単に言えば、売春を生業にしてお金を稼ぐことを国が許可する制度なのですが、この廃止に伴い、風俗業の黙認地区が形成されるようになります。-「赤線」と呼ばれた地区です。

赤線地域では、表向きはBarやダンスホールとして営業していても、その実は、建物奥や二階で売春が行なわれていて、そういう仕事で生計を立てざるを得ない女性もいたそうです。
街の女が「今の私は醜い」と言ったのは、外見ではなく、かつての歌い手としての生活から一変してしまった自分の生業を嘆いての台詞とも解釈できます。

この頃、時代の犠牲になった多くの人たちが日本に帰ってきます。-「お国のために」命を掛けた兵隊さんや一般人でも国外に出ていた人たちです。

この兵隊さんたちや外国から引き揚げてきた人たちのことを復員兵(復員者)などと言います。
「お国のために」などという考え方はもうない祖国では、まさに浦島太郎の状態。

順応できた人、出来なかった人。また、順応できても、戦争で大怪我を負って働くことが困難な人もいました。
こういった人たちは、街頭で楽器を演奏して生計を立てたり、自らが広告塔となって街を歩くサンドウィッチマンで生計を立てる人もいたそうです。
劇中の「広告屋」という職業は、このサインドウィッチマンのことです。

劇中のG.Iは、アメリカ兵を指しています。
本来はGovernment Issue(官製品)のことで、アメリカから支給される物にはこの「G.I」の刻印があったためG.I=アメリカ兵の意味で使われるようになりました。

キャスト

思い出を売る男   田邊 真也

広告屋       味方 隆司

G.Iの成年     佐久間 仁

乞食        日下 武史

黒マスクのジョオ  芝 清道

花売娘       生形 理菜

街の女       野村 玲子

恋人ジェニイ    観月 さら

アンサンブル    中村 匠/斉藤 譲/星野 元信

シルエットの女   斉藤 美絵子





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